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November 23, 2009

『天地人』終了にあたり

  22日、NHK大河ドラマ『天地人』の最終回が放送された。上杉家が米沢の国づくりに尽くすシーンや、信長、秀吉、家康という戦国三大武将について回想するシーン、そして、結局子どもたちには恵まれなかったが妻お船と仲良く越後を旅するシーンなど、直江兼続の生き方や考え方の素晴らしさを思い起こさせてくれる展開に大いに満足した。
  歴史専攻だったが、恥ずかしいことに直江兼続という武将について、それまで全く知らなかった。しかし、兼続(樋口与六)が、以前スキーをするために訪れたことのある坂戸(現在の新潟県南魚沼市)の出身であることからとても親近感をもつようになった。また、東京との往復でJR越後湯沢駅で乗り換えをする際に、兼続を演じる妻夫木聡さんの写真が貼られた列車を見て、『天地人』への興味が高まっていた。
  この大河ドラマに引き込まれていった理由として
41kaleb0f7l__sl500_aa240_・直江兼続という人物
『天地人』のテーマ曲
・未だ訪れたことのない米沢や会津
の3つへのよさや憧れがあげられる。そして、「直江兼続のことが知りたい」という思いで、米沢・会津を訪ねることにした。それが、あの有名な「直江状」がドラマで放送された時期である。


  富山県から山形県・福島県はかなり遠い。そこで、新潟まで電車を使い、そこからレンタカーを借りることにした。磐越道でまずは会津若松市を訪れた。Cimg9303最初は、「神指(こうざし)城」跡へ向かった。秀吉の命で会津に国替えをした上杉家(120万石)は、当時の鶴ケ城の2倍の規模を有する居城築城を目指していた。完成すれば奥州を代表する強大城郭なるはずだったが、家康に上杉征伐の口実を与え工事は中止された。Cimg9315その跡に立ちって見渡すと、西には大川(阿賀川)が流れ、広大な平地が広がり、完成すると本当にすごい城になっていたことが容易に想像できた。
  次に、直江屋敷跡に寄ってから鶴ヶ城を訪ねた。鶴ケ城には、たくさんの観光客が訪れていた。Cimg9388博物館となっている城内では、「会津の上杉景勝と直江兼続と関ヶ原の戦い」展があり、CGシアターなどで当時のことが詳しく説明されていた。また、併設されたいた「南走長屋」では『天地人 会津館』として、大河ドラマで使用した衣装や道具など展示してあった。
  Cimg9406その後、会津若松市内を通り、喜多方に立ち寄りラーメンを食べた。ガイドブックに載っていた食堂「なまえ」さん。「極太手打ちラーメン」がウリのお店で、小さな店内では、何人ものお客さんがあっさり味のラーメンを堪能していた。
  Cimg9464国道121号を通り山形県米沢市に入った。この日は、米沢市の北にある南陽市の赤湯温泉に宿泊した。建物はとても古かったけど、お湯はよかったし、「しゃぶしゃぶ」や「芋煮」など食べきれないほどの豪華な夕食だった。

  翌日は早々に、宿を出発し、米沢南陽道路を通り米沢市内に入った。宿泊するビジネスホテルに車を置き、上杉神社に向かった。Cimg9519行く途中に観光案内所に立ち寄った。案内所のみなさんは、お茶を出してくださったり、地図を示しながら観光コースを丁寧に説明してくださったり、「写真を撮りましょうか?」と声をかけてくださったりするなど、本当に笑顔で親切な方たちばかりだった。その後も、いろいろな場所やタクシーなどで米沢のみなさんにお会いしたが、全ての人がとてもWelcomeな方々ばかりで、Cimg9545ぼくは、数百年たった今でも、上杉家の義や直江兼続の愛は、“人のよさ”として受け継がれているのではないかと思った。
  案内所からしばらく行くと上杉神社があり、まずは併設さえている「伝国の杜 置賜文化ホール」の「天地人博2009」を見た。ここにも大勢の人がいた。Cimg9548主に大河ドラマに関する展示が行なわれていた。ぼくが最も興味があった「直江状」の説明ブースは混んでいた。原文をそのまま読む音声と訳を読む音声が交互に流れてきた。内容ははっきりしない点もあるそうだけど、Cimg9583兼続の強い決意が書かれ、最も力をもった家康に堂々と述べているその潔さはあっぱれというしかない。
  次に、上杉神社を訪ねた。露店が立ち並びここもにぎわっていた。Cimg9590人が多かった社殿へは行かずに「稽照殿」で上杉家の宝物を見た。注目は何といっても“愛の兜”と甲冑である。本物を見ることがよいと改めて実感した。
  Cimg9615上杉神社から歩いて林泉寺に向かった。林泉寺は、兼続とお船夫婦の墓がある。夫婦が並んいるお墓は珍しいと思う。ここにも、直江兼続が上杉家や米沢の人々から愛されていたかを伺うことができた。景勝の母・仙洞院や妻・菊姫のお墓もあり、ドラマのことも思い浮かべながら手を合わせてきた。
  Cimg9621林泉寺からタクシーで上杉御廟所へ向かった。上杉家御廟所には、初代謙信公から12代斉定公までがまつられている。 2代景勝公逝去の折に当地を廟所としそうだ。昭和59年1月、米沢藩主上杉家墓所として国の史跡に指定され、米沢人は「おたまや(御霊屋)」として親しまれているそうだ。
  Cimg9634上杉家御廟所からタクシーで米沢駅に向かった。米沢駅は、思っていたほど大きな駅舎ではなかったが、改札口から山形新幹線の車両を見たときには驚いた。普通電車と新幹線車両を同時に見るのは初めだった。米沢から二つ先の高畠駅まで普通電車で移動した。目的は高畠ワイナリーである。Cimg9649残念ながらワイン製造の過程を見ることができなかったけど、その販売ブルースの試飲コーナーに驚いた。10種類以上のワインが試飲できる。調子に乗って試飲を続けるとかなり酔っぱらってしまう。観光客の皆さんは、ワインのおいしさがわかるとどんどんワインやジュースなどを買っていた。Cimg9670屋外では、生演奏のステージやウインナーなどを販売するブースなどもあり、みなさん楽しんでいた。ぼくは、グラスワインを飲んだ。秋晴れの日差しを浴びながらとてもよい気分だった。ワイングラスのお土産にも驚いた。
  Cimg9690帰りは思い切って山形新幹線に乗ることにした。山形新幹線はミニ新幹線方式で、福島駅から奥羽本線を通る。踏切もあり時速130kmで走行しているそうだ。この電車に乗れば、東京まで乗り換えなしに行けるのでうらやましかった。Cimg9715高畠駅から米沢駅まで8分間の新幹線の旅を味わった。
  Cimg9760いったんホテルに戻ってから「花膳」さんへ食事に出かけた。米沢牛の焼き肉と地酒「東光」をいただき満足した。ホテルへ帰り「ふたつの関ヶ原」を見た。

  Cimg9828この日もホテルを早々に出発した。この日は強行軍。兼続が治水事業として築いた「直江石堤」を見た後、一路、福島県白河を目指した。白河市にある「革籠原の防塁跡」が見たかったのである。これは、上杉討伐のために会津に向かった家康を誘い込むために築いた巨大な防塁である。Cimg9857その前の週に放送された「家康への挑戦状」の回を見たとき、実現はしなかったが、兼続一世一代の勝負に出た戦いの地を訪ねたいという衝動に駆られていた。米沢から約140km、東北自動車道を使って「革籠原の防塁跡」へ行った。跡地には、説明ボランティアの方がいてくださり、
Cimg9875・当時はもっと高さはあったこと
・防塁手前の湿地帯に徳川軍を追い込む作戦だったこと
などを詳しくお話してくださった。「歴史には、“タラレバ”はない」と言われるが、ここで戦が起こっていれば、関ヶ原の結果は大きく変わり、上杉家の運命も違っていた思った。
  Cimg9896再び東北自動車道を北上し、郡山JCで磐越道に入り、猪苗代湖へ向かった。この日も秋晴れで、会津磐梯山や猪苗代湖がとてもきれいだった。昼食はハンバーガ屋さん。ボリュームにも味にも満足。
  Cimg9925そして、磐越道を通り一路に新潟へ。ずっと山間部を通っていたので、新潟市街へくると夢から覚めたような感じがした。
  ずっとお世話になっている金先生ご夫婦の勤務されていた米沢市の中学校の校門にも立ち寄らせていただいたことも、今回の旅行のよい思い出になった。  


  今回直江兼続ゆかりの地を訪ね、改めてその功績の大きさを知った。そして、兼続の
・自分の役割を自覚し、信念(義・愛)をもっている
・状況の変化を鋭く取られ、適切に(大胆に)対処する
という生き方や考え方を、少しでも自分の中に取り入れられるとよいと思う。
  大河ドラマ『天地人』、そして、米沢・会津の旅行は、いつまでもぼくの心に残るだろう。

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